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north-memo

数学できない方の数学科のブログ、一応デザイナー…なのか…?

そういう尺度ではないと思う。ー「業務時間外に勉強してほしいと思うのはブラックなの?」を読んで。


業務時間外に勉強してほしいと思うのはブラックなの?|片切真人|note

 

こちらの記事を読んで、頭が混乱しました。

 

論旨としては

(このケースでは)上司は部下に、時間外に勉強して欲しいと思っている。その理由としては、給料を払っているから、会社に貢献する為に勉強するのは当然であり、ある程度勉強しないと会社が成り立たなくなるから、下の者も意識をして欲しい。

ということのようです。

 

僕が気になっているのは、ここです。

ーーー引用ここからーーー

特にこれだけは言いたいのですが、中途の新人は予習復習しなさいよと思う。最初のうちは早く帰っていいよと言われたりすると思うんですが、そのあとまさか家で東京フレンドパーク(もうやってない?)とかみてないよな?と思う。
早く帰ったならマニュアルとかホームページとかしっかりみてくれよと思う。
でも今は「時間外に仕事を強要されるからブラック企業だ!」とか言われる時代みたいですね。
おおげさだわ。
人生揺さぶるほど予習復習しろとは言いません。
お給料をもらう以上、いち早く会社に貢献できるように自発的に勉強するのは当然だと思っている。

ーーー引用ここまでーーー

経営者(上司)視点だと、こうあってほしいのかもしれませんが、労働者の視点からすると、「給与で契約した部分の仕事をすることが当然」だと思います。

 

ですから、

もし給与で契約した部分について与えている労働が不足している場合→時間外に勉強するべき

という論理はあっています。

ただし、

与えている労働が給与に対して適切な場合は、それから時間外に勉強するかどうかは個々人の自由で、強制や要求をするものでは無いと思います。

もし、要求や半強制をするのなら、それに対しての報酬を出さないと、労働契約として成立しませんし、それは「ブラック企業」と言っても仕方ないものだと思います。また、給与にそれが含まれているのであれば、それは契約なので、きちんと説明しておくべきです。説明できないのなら、要求すべきでは無いと思います。

大げさなのではなく、「理不尽」なんです。

タイトルに有る「ブラック」の尺度は、「時間外の業務(勉強)が多いか少ないか」という尺度による評価ではなく、「契約に対して適切かどうか(理不尽でないか)」という尺度による評価であると思います。

「ストイック企業」という言葉は、材料が少ないので判断に迷いますが(実際その会社にいないので)、う〜〜〜ん、定義不足。とだけ言うことにしましょう。

 

 

ーーー引用ここからーーー

たしかに時間外労働を強要するのは労働基準法の違反であるので、許されるものではない。だけど、労働基準法自体が現状の経済情勢にそぐわないものなので、キッチリ守ったら潰れる企業が相当数あるのも確実。

「違反だ。違反だ。」と騒いでいる人は潰れるかもしれない危機感はまるでない
じゃあどうすればいいかというのは、私もわからないが日本人はゼロイチ思考が向いていない気がするので、「規則は基本守るが少しならはみ出してもよい。というのがフィットするのではないかと思う。

ーーー引用ここまでーーー

ここの文章自体に、赤字で示した部分に対する答えがあり、「労働基準法自体が前条の経済情勢にそぐわないもの」であれば、この愚痴の向くべき先は労働者ではなく、国家側ではないでしょうか?

そして、青字で示した部分は、あまり根拠の無い経営者に都合の良いバイアスのかかった発言のように見えます。僕もこれだという根拠は示せないのですが、本当にそうなのかな?と思います。

 

ーーー引用ここからーーー

過労死だしても強く取り締まらず、未だに曖昧なこの状況はもう日本の企業文化なのだと思う。労働基準法を変えても同じだと思う。未来も同じ

ーーー引用ここまでーーー

未来も本当に同じでしょうか?むしろ、未来を同じにしてしまっているのはこの記事自体のように思います。また、日本国家は、こうした労働者や会社の保護に少しずつ動き出しています。それはブラック企業という言葉が国会に出てきて議論されたケースも存在していますし、改善に向けて頑張っている人たちもいます。僕のこれから行く会社も含め。未来を良くしていこうと願い行動し続けることは、当然のことではないでしょうか? この言葉は大きくこの記事の論旨の展開に矛盾をかけてしまっています。

 

ーーー引用ここからーーー

自分の後輩には「この曖昧な中でどう生きるか。」を教えたい。

ーーー引用ここまでーーー

う〜ん、この言葉は、いい言葉のように見えますが、あんまり僕の心には響きませんでした…。

 

 

ここからは僕の感想です。

好きにやっている分には、好きにやらせて構わないと思います。ただ、その余剰分を人に強制するのは「理不尽」であるということは認識しておくべきことのように思います。また、人には様々なライフスタイルがあり、もっと給与が欲しい、業務で良いパフォーマンスが出せることが生きがいという人も居て、それが会社のできればそういう人には報酬を出すべきで、それがフェアであると思いますが、もちろんそうでない人も少数派ではありません。僕はあんまりフラットに、ロジカルに考えられない人は好きではなく、この筆者を批判するわけでは決してありませんし、この人が嫌いなわけでも決してありません(むしろ、会社を支える立場ですから、すごい人だと思っています。)が、一緒には働きたくないと思います。

 

今回の記事は、社会にも出ていない、まだ青々とした大学生の一人の意見として、おかしいと思うので書きました。

 

これを書いて公開するにはちょっと度胸が要りますが、せっかくなので主張します…。